東京高等裁判所 昭和58年(ネ)2542号 判決
一 ≪証拠≫を総合すると、次のような事実を認めることができる。
1 控訴人は、社会福祉事業法に基づいて昭和五二年三月二八日に設立された社会福祉法人であって、その主たる事務所において姿川保育園を設置、経営することを目的とし、昭和五四年四月一日以降においては、その理事長である高田猛が右保育園の園長としてその経営に当たってきたものである。
2 姿川保育園においては、園児の定数が六〇名と定められ、六、七名の保母と若干名のその他の職員が園児の保育に当たっていたが、昭和五二年一〇月には保母ら四名が退職し又は控訴人から解雇されたのを始めとして、昭和五四年一二月までに二〇名前後の保母やその他の職員が退職し又は控訴人から解雇されるなどのことがあって、職員が定着しなかったため、かねてから父兄の間において、園児が保母らになじまないといった不満がみられ、職員の解雇に反対する署名運動が行なわれるなどのこともあった。
3 このような折から、控訴人は、昭和五四年一一月二九日、開園時から用務員として控訴人に雇庸されていた被控訴人高橋キクエを解雇する旨の通知をしたのであるが、これを不服とした被控訴人高橋キクエは、二児の園児の父母で個人的にも親しかった被控訴人大山静樹及び同大山昭江に相談を持ち掛け、委任状を作成、交付して、右解雇問題についての控訴人との交渉を被控訴人大山静樹及び同大山昭江の両名に委任した。
そこで、被控訴人大山静樹及び同大山昭江は、同年一二月七日午前一〇時頃、被控訴人高橋キクエとともに控訴人事務所に赴き、被控訴人大山静樹及び同大山昭江において、控訴人理事長高田猛に対し、被控訴人高橋キクエの解雇理由の開示方を求めたところ、右高田猛は、被控訴人大山静樹及び同大山昭江には関係のないことであるからとして、面談に応じなかったため、この間の約一〇分間、右両者間において、問答がなされた。その際、語気を荒げる程度の言動は双方にみられたものの、控訴人の主張するように、被控訴人大山静樹及び同大山昭江が右高田猛を詰問するなどして暴言を吐いたとか、土足のまま廊下に上がり込み、力ずくで事務室に入ろうとして、事務室の戸をたたき足で蹴るなどの挙に出たというようなことはなかった。
4 姿川保育園をめぐる右のような問題は、報道機関の関心を引くところとなり、被控訴人らを含む関係者らからの取材に基づいて、昭和五四年一二月一五日付の読売新聞朝刊紙上に右保育園においては職員の退職又は解雇が相次ぎ、園児の保育上も好ましくないとの内容の記事が掲載されたのを始めとして、同年一二月から昭和五五年二月までの間に数回にわたって、右保育園においては、いわゆる園児の水増し入園が行なわれていること、保母の数が所定の基準に達していないこと、保育料の使途についても疑惑があることなど、その経営の乱脈さを示す記事が同新聞紙上に報道された。
このように、姿川保育園をめぐる問題は、あたかもひとつの社会問題であるかのような事態に立ち至ったため、昭和五四年一二月、宇都宮市議会においてもこの問題が取り上げられ、議員が市当局の対処の方針を質するなどしたほか、栃木県当局においても、被控訴人ら関係者や控訴人の理事らから事情を聴取するなどして調査を遂げたうえ、控訴人に対し右保育園の健全な運営のための改善方を行政指導するなどした。
5 他方、被控訴人高橋キクエは、控訴人のした解雇を不当として、昭和五五年一月一七日、控訴人を相手方として宇都宮地方裁判所に地位保全の仮処分を申請したが、その際、控訴人の理事長高田猛の日頃の言動、控訴人の職員の処遇の実状、保育園経営の実態、自己の勤務の状況、解雇に至る経過等について自己の見聞した事実や意見を記載した同月一二日付の陳述書を作成し、右裁判所に疎明資料として提出した。
同様に、被控訴人大山昭江も、被控訴人高橋キクエから依頼を受けて、右と同様の事項について自己の見聞した事実や意見を記載した同月一〇日付の陳述書を作成して、同裁判所に疎明資料として提出した。
もっとも、被控訴人高橋キクエは、同年三月一七日、控訴人との間において、被控訴人高橋キクエが控訴人を退職したことを確認し、控訴人が被控訴人高橋キクエに対して和解金として六〇万円を支払うことを約し、他には同事件に関して当事者間になんらの債権債務のないことを確認する旨の裁判上の和解をした。
6 そのほか、被控訴人大山昭江は、昭和五五年二月一日午後五時三〇分頃、帰宅途中の保母野寺栄子に話しかけようとしたことがあるが、右は被控訴人大山昭江が右野寺栄子から保育園についての事情を聞こうとしてしたことであって、控訴人の主張するような動機及び態様のものではなかった。
≪証拠≫中、右認定に反する部分は、その余の前掲各証拠に対比して、容易に措信することができず、他には右認定を覆すに足りる証拠はない。
二 以上のような事実関係の下において、被控訴人らの所為が不法行為を構成するかどうかについて検討する。
先ず、右に認定したような一連の経過に徴すれば、被控訴人らが控訴人又はその理事長高田猛に対して敵対的な感情を有していたとしても不思議ではないし、被控訴人らの言動や被控訴人らからの取材、事情聴取等が報道機関や行政当局等が姿川保育園をめぐる問題を取り上げ、それがあたかもひとつの社会問題であるかのような事態に立ち至ったひとつの機縁となったであろうことは、報道内容等に鑑みても、容易に首肯しうるところである。そして、殊更に他人の名誉、信用を害し又はその業務を妨害する目的をもって裁判所や報道機関等に情報を提供し、あるいは、右のような目的に出たものではなくても、不用意に事実に反する情報をこれら機関等に提供するなどし、その結果、他人の名誉、信用を害し又はその業務を妨害するに至ったときは、これらの所為に出た者は、不法行為責任を免れないことはいうまでもない。
しかしながら、本件においては、被控訴人らの前掲各所為は、いずれも控訴人が被控訴人高橋キクエに対してした解雇の正当性を本人又は本人から委任若しくは依頼を受けた者として争うためであるか、あるいは、子弟を姿川保育園に託している父母としての利害又は関心に基づくものと認められるのであって、被控訴人らが専ら控訴人の名誉、信用を害し又は控訴人の業務を妨害する目的をもってこれら所為に出たものということはできない。
そして、被控訴人高橋キクエ及び同大山昭江がそれぞれ作成して前記仮処分申請事件の疎明資料として宇都宮地方裁判所に提出した前記各陳述書も、専ら自己の見聞した事実又はこれに基づいての自己の判断を記載内容とするものであって、それが事実に反し又はおよそ不当な見解であると認めるに足りる証拠はないし、被控訴人らが報道機関等に対して提供したと推認される情報の内容も、右各陳述書の記載内容を越えるものとは考えられない。また、被控訴人らが昭和五四年一二月七日に控訴人事務所に赴いて控訴人の理事長高田猛に対してとった前記の言動及び被控訴人大山昭江が昭和五五年二月一日に控訴人に勤務する保母野寺栄子に対してとった前記の言動は、いずれもその目的、態様又は方法において社会的相当性を欠くものとはいうことのできない類いのものである。
(香川 越山 村上)